〈青の余白〉に魅せられた話

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青が好きな人なんて沢山いる。でも、わたしは昔から青が好きだったわけではないし、青系に入る水色は嫌いな色だった。嫌いな理由は、好きでもないのに何故か水色の物がよく集まるから、だった。

だけど、青の余白に魅せられたきっかけがあった。

 

最初のきっかけは、結構最近の話になる。数年前、東京旅行しているときに叔母が美術館に行きたいとのことで、ブリヂストン美術館へ行った。そこで何の企画展をしていたのか全く覚えていないけど、とても印象に残った作品がザオ・ウーキーの《07.06.85》だった。

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- 出典:ザオ・ウーキー《07.06.85》1985年 ブリヂストン美術館

青だった。ただ、ただ、青で。青に呑み込まれそうだった。白と青のうねりが、荒々しさと包み込むような穏やかさがあって不思議な感じ。また、この作品はサイズも大きく迫力があり、見た瞬間一気に作品の世界に呑み込まれる。この作品を好きな人は多いだろう。

 

 

そして、2つ目のきっかけとなったのは、思潮社の『現代中国詩集』だった。そして、この詩集と出会うきっかけとなったのはSNS。確か、TwitterかTumblrだったと思う。 

現代中国詩集 (海外詩文庫)

現代中国詩集 (海外詩文庫)

 

眠ろう、両眼を閉じれば

世界は私とは無関係だ

- 出典:顧城『生命幻想曲』

 これは、顧城の『生命幻想曲』から一部を抜粋したことばで、そのことばを検索したら『現代中国詩集』で収録されている作品だと知った。当時は書店に勤めていたので、すぐ買いに行き、すぐ読んだ。だけど、この詩集は読むのがとてもつらかった。ことばが美し過ぎて、飲み込むのに時間はかかるし、ページをめくる度に読む終わりたくない気持ちが大きくなる詩集だった。この顧城以外の作品もとても素晴らしく、日本語へ訳した人たちにも本当に感謝しかない。音読するのが楽しくて、何度も何度も声に出して読んだ。この『現代中国詩集』もわたしの中で、とても深い深い青色の世界観を持っていた。

 

 

そして、3つ目のきっかけ。それはわたしの大学時代へと遡る。美学専攻を希望して入学した大学だったけど、中国美術史の講義で知った『李白吟行図』のレプリカを見たことがわたしを変えた。それまでは西洋の絵画が好きだったこともあり、濃淡で描かれる水墨画はどれも同じような作品にしか見えなかった。だけど、この『李白吟行図』との出会いが中国美術史を好きになるきっかけとなる。画像や本で見るのと、実物を見るのとでは感じ方は全く違っていて、余白の美しさに震えた。

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- 出典:『李白吟行図』 東京国立博物館

藍色の空に浮かぶ明るい月を見上げ、月明かりに照らされる李白を少ない筆数で描いている。少ない筆数で、ここまでの世界観と表現ができるなんて衝撃的だったし、とても感動した。それからは、同じように見えていた水墨画の違いがわかるようになり、中国美術の美しい世界に魅せられた。

 

 

 

こうやって振り返ると、何故か中国出身者や中国の作品を好きになっていて不思議。だけど、わたしの創作への世界観はこの3つのきっかけ(作品)によって創られた。

 

青の余白に呑み込まれてしまうと、魅せられるしかなくなるのかもしれない。